「意識高い系」という言い方があります。

これは「この人意識が高くてえらい!」というより、「意識が高いのをアピールしてるところが痛々しい」というか、からかっているニュアンスがある言葉なので、意識の高い人に対し「意識高い系だね」と言おうものならとても嫌な顔をされるということになります。
日本語は難しいです。

揶揄される背景には主に
「努力してますアピールがウザい。黙ってやりゃいいのに」
というものです。
揶揄するほうは、その人が実際に意識が高いのか、それとも意識が高いように見せているだけなのかはわからないので、「えらい!」となるか「痛々しくてウザい」となるかは、つまるところ「見ててムカつくかどうか」が基準となります。少し理不尽ですが世の中ってそういうものらしいです。

意識の高い美少女フィギュア改造マニアは存在する(と思う)

意識の高い雰囲気の人々がコンクリートジャングルに溢れる昨今、「意識高い系」の美少女フィギュア改造マニアがいたとしてもおかしくありません。
もしそういう人がいたとしたら、どういう人種になるのでしょう。ちょっと想像してみましょう。

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴1:道具にこだわる

意識の高い美少女フィギュア改造マニアは、フィギュアを加工する道具にこだわる。
「身体に刃を向けさせていただくのですから、(加工道具にこだわらないと)失礼だと思うんですよね」。匠はそう言った。
最高級の道具とまでは行かなくても、自分の納得のいく道具を使わなければいけない。そういう強い思いが、今日も匠をホビーショップへと向かわせる。
素人には何が違うのかわからない点も、匠の目はきちんと判別する。カッター売り場では、異なるカッターを比較するのはもちろんのこと、同じカッターでも先端の尖り方や色、刃の鋭さを目視で比較し、一番良いものを選ぶという。
「あのお客さんはかなり手強いですね。こちらが毎日勉強させていただいてます」
店員は冗談を交えて語る。それぐらい、匠の選別眼は確かなのだ。

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴2:カリスマの肖像画や言葉を壁に貼る

匠は制作環境にもこだわる。
作業部屋には、美少女アニメのポスターが所狭しと貼られている。中には扇情的なものも。しかし、匠はそれを性的なものとしては見ていないという。
「これは芸術だからね、ジャパニーズヘンタイというのとは、ちょっと違うんです」
その中でひときわ多く目を引くのは、「らき☆すた」の「柊かがみ」というキャラクターだ。彼はこのキャラクターには特に思い入れがあると語る。
私のはじめてはかがみんでした。かがみんがいてくれたからこそ。今の私が……(言葉に詰まり顔を伏せる)……つまり彼女は私の母親なんです。――(天井近い神棚から柊かがみのフィギュアを大事そうに取り出す)このフィギュアの原型師は、私にとって神様なんですよね。だから毎日、神様を拝むような気持ちで、こう、あやかりたいと。あっ、神というか彼女は神社の生まれで実在する神社が……」
匠の熱い語りは止まらない。感極まったのか、細い目から涙がひとすじこぼれた。
「まだまだ修行が足りないですね」。匠はそう言って、フィギュアを神棚に戻すと、襟を正して柏手かしわでを打った。

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴3:ショップにこだわる

「意識高い系のやつはショップにこだわりますが、私はショップにこだわるというより、店員にこだわります。店員の質ですね」
匠と共に訪れたのは、フィギュアを販売するショップ。チェーン店ではない個人商店だ。新商品をチェックするのかと思いきや、匠が足を運んだのは、店の端にある中古のフィギュア売場だった。
「新品のフィギュアは綺麗ですけど、面白みがないでしょ? 中古のフィギュアにはストーリーがある。処女性を取り戻してあげたり、逆にもっといろんな属性を加えてあげるっていうのかな、そういうのも、私のひとつのこだわりなんです」
しかし、どうしてこの店なのだろうか?
「品揃えが非常にいい。普通は買い取らないような状態のフィギュアも、買い取って置いていることがある。まぁ、店員の目が肥えてるんだろうね」
匠はこういった優良ショップの情報配信を、メールマガジンで無料配信しているそうだ。購読者数はさほど多くはないが、その内容には賞賛の声が多いという。
そんな匠を「意識の高いオタクwww」と揶揄する者もいるというが、匠は気に留めない。
「まあ普通じゃないと言えば普通じゃないから、そう言われるのも仕方ないよね。いい作業のためには」

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴4:色彩検定を受験する

意識の高い美少女フィギュア改造マニアは、ただ加工してコレクションするだけでなく、その飾り方にもこだわる。
出来のいい改造フィギュアでも、並べ方によってはその魅力は半減する。フィギュアに合わない部屋もまた、フィギュアのポテンシャルを引き出せない要因となると匠は語る。そのためには、部屋に改造することも厭わない。
一時期、匠は悩んでいた。過去の自分の作品をどうしても超えることができない。しかしある時気づいた。いつしか自分の作品を、自分という殻の中に閉じこめてしまっていたことを。
「芸の道は己と向き合う作業と同時に、認められてなんぼのもの。自己満足ではいけないね。だから検定とか資格も取ったりするんだよ」
ともすれば独りよがりに陥りやすい己の技。それに客観的な信頼を付加することで、全体のクオリティは必ず上がる。匠はそう信じている。
「お金はかかるけどね、フィギュアの為なら全く苦にならないですね」
今取り組んでいるのは、なんと色彩検定の勉強なのだという。「SNSで写真上げてて、概ね良い評価もらえるんですが、加工はいいが着色がクソだってアンチに言われちゃいましてね。ははは」
笑う匠。しかし目は笑っていない。真剣そのものだ。「でも確かにそうなんだよね。だから色の勉強をすることにしたんです。興味深いですよ。このパーツの配色や配置ががどうしてこうなっているのか、とか、ちゃんと根拠があったんです。漫画のカラーページやアニメとかを見る目も変わりましたね。もちろんフィギュアもです。なんて奥深いんだろうと」

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴5:定期的に勉強会を主催する

意識の高い美少女フィギュア改造マニアは、月に1度ほど、都内で勉強会を開催する。
匠が主催となって、産業貿易センターの会議室を借り切って、それぞれの自信作や実験作を自由に持ち寄り、加工に関する意見交換や感想の述べ合いが行われるのだ。
「やはり、人生は勉強ですよ。なにもしないとすぐ(技術が)落ちていくからね。ここまでやってはじめて現状維持できる。向上していけるかは、まぁ、個人の努力次第だね」
匠の向上心はとどまるところを知らない。
「自分の作品を人に見せるのは、ある意味とても怖いことだけど、それを恐れていては何もできない。特にフィギュア加工家は閉じこもりがちだから、どんどん積極的に外に出て行かないと」
勉強会では、プレゼンテーション、ワークショップ、そして最後に懇親会が行われる。匠は最後まで会場の隅々まで周り、休む暇無くカメラを構え続ける。Facebookに掲載するのだという。
「もちろん主催ですから、会場の様子の撮影に専念です。でも、時々凄いフィギュアがあると撮っちゃいますね。ふふふ」
ワークショップが終了すると多くの参加者が席から立ち上がり、我先にと名刺交換をしようと匠に集まる。その一人一人に、丁寧に挨拶をする匠。コミュニティにおいて彼が必要不可欠な存在であり、彼もまたコミュニティを大事にしていることが垣間見えた。

意識の高い美少女フィギュア改造マニアの特徴6:SNSやブログを駆使して自分の努力や加工の技をみせびらかす

匠は自分の技を世界に発信している。
フィギュア加工家のあつまるクローズドSNSはもちろん、TwitterやFacebookといった一般向けのSNSでも写真などを掲載したり、日頃の加工家としての活動を紹介しているのだ。
特に掲載写真は、その専門性や芸術性があまりにも高いためか炎上することもあるという。しかし匠はそれを意に介していない。
「精神的につらいこともあるが、私はもっとレベルアップしていきたいし、他の加工家のレベルアップにも貢献していきたい。RPGでも、レベル上げのために、あの手この手を使うでしょ。時には裏技も使っちゃったりね」

――自身の活動をSNSで公開するのを「意識高い系」と揶揄されることについては。

「本当は黙々とやるのが格好いいんだろうけど、SNSで言うと、より『絶対にやるぞ!』ってなるからね。次のレベルになるまでの経験値が明確になるっていうか。意識高いというのを揶揄する風潮というのは、残念だと思うね。中には本当に揶揄されても仕方ない人もいるだろうけど、大抵は必死なだけなんだと思うよ。お互い人間だから仕方ない部分もあるけど、必死に頑張る人をからかうのは、ちょっと大人げないよね」
まぁ、単に承認欲求が抑えられないってこともあるんだけどね、と、匠は人懐っこい笑顔を見せた。
「やめようと思ったことは一度も無いよ。気にしてもらえて、ありがたい」

――匠にとって、フィギュアの改造とは?

「ライフワークです。一生をかける価値のあるものですよ。命賭けてやるんだから、意識は高く持たないと」

まとめ

わたしは美少女フィギュアにはほとんど興味はありませんが、別分野での創作は行うので、自分の行く道でなんとか成就するものを、とあれこれ努力していたり、悶々としたりしていたり、こんなことやったよ!とこれでもかとアピールしている人の気持ちはよくわかるつもりです。
一方でそういうのに全く理解ができなかったり、共感を覚えない人もいるはずで、特にそういう人は意識高い(あるいは意識高い系)の人のやることが鼻につくのかもしれません。

それはそれとしてうざいものはうざい、という人もいるでしょうが、人間黙って努力を続けるのは大変です。
黙っているように見えても、人に見えない所で泣いたり笑ったり喚いたりしているはずで、自分がいろいろやってるのをSNS全盛の時代に公開したくなるのも当然のことでしょう。
もちろんきっと悪気はないわけで、それが良くもあり悪くもある、ということだと思います。

意識高くもつのは疲れるので、わたしはほどほどにしとこうと思いますが、意識高い系になるのならあまり他人をイラッとさせない意識高い系になりたいです。

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